子供が生まれたときは、
【丈夫で元気に育って欲しい】
などと慎ましやかなことを心から望んだはずが・・・
少し大きくなってくると、
やれ 『いつからハイハイができるようになった』 とか
やれ 『いつから歩けるようになった』 とか、
やれ 『おむつが取れた』 とか、
etc、etc・・・
そして、もう少し大きくなってくると
『かけっこが速い』だの
『はきはきお返事できる』だの
『数字やひらがなが読めるようになった』だの、
何かにつけて他の子と比べ始めては、
一喜一憂し始めたことがありました。
不幸なことに、どこに行っても、必ず
【何かに抜きん出た子】はいるわけで。
その子を見て
『すごいなぁー』 と感心する半面、
『我が子は・・・』 なんて思ってしまったり。
はたまた、自分の子よりちょっと遅れてるかなぁーと
思うようなところを誰かの中に見つけたときには、
口では 『そんなの、大きくなったら誰でもできるように
なるんだし、個人差があるからー』 なんていいながら、
内心、なんだかホッとしてみたり。
ちょっと我が子を誇らしく思ってみたり。
こうやって、どんどん、どんどん、我が子に要求することが
増えていきました。
ホント、人間(親)の【欲】とは際限のないものですね┐(´□`)┌
でも、これをやり始めると、底なし沼に一直線。
ずぶずぶはまり込んで、抜けられなくなります。
一喜一憂するのは気にしているからで。
もっと言えば、競争心に火が点いているからなんですよね~。
でも、競争になってしまうと、その時点で
【勝ち負け】しかない世界に踏み込んでしまうことになるんですよね。
競争すれば、必ず負けたり勝ったします。
で、競争する限りは、私は勝ちたいわけですから、
流れとしては【子供の弱いところを埋めようとする】方向に
行ってしまい。
子供の欠点やアラばかりがクローズアップされて
目に飛び込んできたんです。
もう、苦しかった。
しんどかった。
辛かった。
で、限界が来て、投げ出した。
すると、楽になっちゃったんです。
不思議でした。
今思うことは、【自分の子供を丸ごと受け止める覚悟】が
できないと子育ては辛いな、ってことです。
でも、丸ごと受け止めたとき、子供に対する愛情が
堰を切ってあふれ出してきた・・・
こんなに愛してるんだって思えたんです。
これが、私にとっては一番の宝というか、大切な
経験になりました。